ツイフェミには小学生以下の読解力しかないという哀しい事実(証拠あり)。

 先日、「 #私たちのフェミニズム をみんなで語ろう」という連載の第一回として、「ひろゆきさん、どうして「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」のですか?」というインタビューが公開され、さっそく炎上しています。

 火をつけて回っているのは例によって「フェミニスト」を名乗り、「ツイフェミ」と呼ばれている一群の人たちであるように見えます。いったいかれら、彼女たちは何が不満なのでしょうか?

 それらの批判意見をひと通り見てみたのですが、そこにはおどろくべき光景がひろがっていました。その批判内容の是非以前に、そもそも文章の意味を理解できていないのです。

 このインタビューはきわめて易しい日本語でやり取りされており、小学校高学年くらいの読解力があれば十分に理解できると思うのですが、それにもかかわらず、多くの人がかってに頭のなかでパラフレーズして読み、結果として誤読しています。

 いったいこの読解力の欠如は何なのでしょうか? ひとつ日本語に限らず、文章とは一文字違っていれば反対の意味になってしまうこともありえるわけで、かってに脳内で補完したりせず厳密に文意を読み取る必要があります。あたりまえのことです。

 しかし、現実には、ツイフェミと呼ばれる人たちは単語レベルでしか意味を読み取れず、文章を読むことができない。かれら、彼女たちには小学生レベルの読解すらできない。どれほど高尚な理想を掲げていても、現実に子供並みの読む力すらないのです。

 公正にいうなら、「アンチフェミ」と呼ばれる人たちのなかにも文意を読み取れていない人はいるので、思想的立場の違い以前の問題なのかもしれません。しかし、今回、「ツイフェミ」の人たちのあまりに悲惨な読解力のなさが際立ったことは事実です。

 具体的に、どのようにおかしいのか、見ていきましょう。まず、この箇所。

 

西村:あと、日本の男性には「生まれ変わったら女になりたい」っていう人、そこそこ多いと思うんですよね。

髙崎:えええ! 日本の女性の生きにくさが見えていないんですか!?

西村:うーん、女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない。けど男性はイケメンでも二十歳過ぎたら仕事ができないと行き詰まるよな、という感じで。

そういう男の人には、女の人の生きにくさは見えていないし、女の人は「女は生きにくい」のが当たり前の認識だと思っていて。お互いに見えていないんじゃないですかね。

 

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5e3cb7f5c5b6b70886fd0627?ncid=tweetlnkjphpmg00000001

 

 この箇所をまともに読めば、「うーん、女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない。けど男性はイケメンでも二十歳過ぎたら仕事ができないと行き詰まるよな、という感じで。 」という意見は、「「生まれ変わったら女になりたい」っていう人」の意見をひろゆきさんが想像して語ったものであり、かれ自身の意見ではないことはあきらかです。

 しかし、それにもかかわらず、多くの人がこれをひろゆきさんの意見と誤読し、そのうえで非難しています。このように。

 

 

 また、ここで「専業主婦はラク」とパラフレーズされている意見はじっさいのところどうなのか、見てみましょう。

 

ただ母親を見ているので、「そうは言っても女の人の方がラクだよね」ってのはどこかにある。母親が働いている家庭に育っていたら、その専業主婦のイメージは湧かなかったでしょうね。

他人の経験や本などから学習できる人って少数派で、自分の経験からしか判断しない人はやっぱり多いと思います。そういう意味では、「自分と違う人は見えない」というのが多数派で、それはなかなか変わらないんじゃないかなぁ。

 

 ひろゆきさんは「専業主婦はラク」などと言っていないことがわかります。たしかに、「「そうは言っても女の人の方がラクだよね」ってのはどこかにある」という発言はある。しかし、これはかれの主観としてそういう考えを切り離せないということをいっているのであって、客観的事実としてそうだ、ということをいっているのではない。あるいは、「主観」と「客観」、「感想」と「事実」を分けて考えられない人たちにとっては、この考え方自体、詭弁としか思えないかもしれませんが……。たとえば、こんなツイートがある。

 

 

 その通り、「感想」だし、「感想」で何の問題もないと思うのですが、この人は「感想」を述べることそのものが悪しきことであると考えているようです。

 じっさいには、問題なのは「感想」と「事実」を混同することであって、ここでひろゆきさんははっきりと「感想」を「感想」として述べた上で、それは自分の生育環境から来たバイアスであるという意味のことまで述べている。

 この「感想」に過ぎない意見を「事実」を述べたものとして非難するのはあからさまな誤読です。ですが、現実にはこの程度のあたりまえの日本語すら通じない。

 なぜこうも大きな「ずれ」が生じるのか? おそらく、ツイフェミと呼ばれる人たちの多くは文章を一期一句厳密に読むのではなく、「なんとなく」でしか読めていないのです。しかも、自動的に自分にとって都合のいいようにパラフレーズしてしまう。

 したがって、もとの文章をそのままに読むことができず、「なんかフェミニズムの悪口をいっている! ミソジニーだ!」くらいにしか理解できない。ツイフェミの代表的論客とされる人たちですらそうであるように見えます。

 かれらは「主観」と「客観」を区別した文章を理解することができない。自分自身が「主観」と「客観」を区別できないのだからあたりまえといえばあたりまえかもしれませんが……。

 ここでサンプルとして挙げたものはほんの一例です。「#私たちのフェミニズム」のタグを調べていただければ、さらに膨大なサンプルが見つかることでしょう。あきらかにツイフェミの皆さんにはまともな読解力がないのです。

 どれほど難解で高尚な理論を掲げていても、そもそも小学生以下の文章読解力しか有していないのですからお話になりません。何を読んでもねじ曲げて理解してしまう人たち相手に、いったいどのような対話が可能なのでしょうか? ぼくは真剣に悩んでしまいます。

 まずはフェミニズムの理論のまえに小学校の国語のお勉強をしようね、としかいいようがありません。あるいは、足りないのは読解力というよりは冷静で公正な精神なのかもしれず、そうであるとしたら処置なしですが。

 ため息。