『はし☆どりーむ』公開!


 同人誌のおまけに付ける予定だったスチャラカ探偵小説『はし☆どりーむ』を第二章まで公開してみます。全七章くらいで完結する――かも。よければ読んでみてください。くっだらないけど。



 序章

 その日――
 特別、あとで世界史教科書の年表に日付けまで書きこまれて受験生たちを悩ませる出来事が起こったわけでもない、ごく平凡な、その日。
 しかし、あるところでは、実は表の歴史には決して記載されることのない、途方もない大事件が発生していたのだった。そう、この手の事件は闇から闇へと葬られ、決して表沙汰にされることなく、一部の関係者以外はその発生を知ることすらなく終わる、それがこの世界の真実。きちんと毎日働き、税金を収め、投票に行っている市民たちは、自分たちが死にかけたことすら気づくことはないのである。しかし、それでもなお、それが破格の大事件であることは疑いようのない事実であった。いわゆるひとつの「世界の危機」。
「もういちどいってみ?」
 いや、だから、世界の危――わかったよ、赦してくれよ、いっていて恥ずかしくなる響きだってことは知っているけれど、でも、これくらいいわないと読者が興味を持ってくれないんだよ。せっかく書いたのに読んでもらえないと寂しいだろ?
「わかってやっているならよろしい」
 横柄な奴だ。
 ごほん。
 とにかくまあ、いわゆるひとつの「世界の危機」なのである。しかし、読者よ、安心してほしい、ひとつ間違えていれば『デビルマン』もかくや、『北斗の拳』も再開間近、というハルマゲドンな事態を呼び起こしかねなかったその事件は、既に解決されているのだから。そう――物語はもうとっくに終わってしまっているのである。
「お前、話を語りはじめる地点を間違えただろ?」
 間違えていない! これは物語を終点から語りはじめ、そして時をさかのぼって語っていくという高度なストーリーテリングなんだよ! 小説執筆の苦労を何もわからないくせに偉そうな口を叩くのはAmazonレビューだけにしてもらおうか。
「お前こそ偉そうな口を叩いている気がするけどな」
 事実を正確に述べているだけだ。
 さて。
 それはともかく。
 とにかくあと少しで世界を破滅に追い込んだかもしれない大事件は、未然に解決されてしまったのである。これから、そこにいたる経緯を語っていくつもり。どうか、途中でいやになってもやめず、読み進めていってほしい。人間、忍耐が肝心だ。
「同人誌のおまけで忍耐とか努力とか要求されたくないけどな」
 それはたしかに。
 でも、この小説、たぶんある程度忍耐力がないとさいごまで読めないと思うんだよなあ。同人誌本編とどっちが忍耐力を使うかわからないくらい。
「どうでもいいけど、さっさと話を進めたほうがいいと思うぞ」
 OK。
 そう、さっきから平気で地の文に話しかけているこの子こそ、本編の主人公、存亡寸前だった世界を、あやういところで救うことになった運命の少女、はしである。ひとの名前とは思えないって? たしかにそうだが、これは仕方ない、そういう設定なのだから。それを変えたければ、それこそ、〈アセティック・シルバー〉でも使うしかない。
 〈アセティック・シルバー〉。
 これこそ、今回の事件の要となった品である。かの世界最大級の特殊知識収集団体〈大英帝国図書館秘密室〉から盗まれ、積層複合自由学園都市〈はてな☆してぃ〉の闇サービス〈はてな☆おーくしょん〉で売りに出されたこの伝説のアイテムが、いかにして彼女の手もとに戻ったか――これからその物語を語っていくので、どうか、刮目して読み進めていただきたい。
 いや、ほんと。よろしく。
「よろしくな」
 それでは奇想天外、驚天動地、鬼も笑えば子供も泣き出す、はしの大冒険活劇の始まり、始まり――。

 1

 空が高い。
 どのくらい高いかというと、抜けるような青空、とか、その手の陳腐な定型句を使用したくなるくらい高い。雲ひとつないというわけでこそないが、その雲も、漂白したように白く、背景の青とうまくマッチして、ひとつの壮大な絵を形づくっていた。はしは、首を60度くらいに曲げて、ぼうっと、その空を眺めていた。べつに、詩人の素質があるわけではない。ただ、頭がからっぽなぶん、こういう空虚な景色に適性があるだけだ。
(うるさい)
 はしはそう心のなかで呟いた、と。
 なぜ、彼女がこうして地の文にツッコミをいれることができるのか、その秘密は、いずれ明かされることになるので、いまは気にせず待っていてほしい。もちろん、たいしたことではないのだが、この手の作品では、もったいぶれるだけもったいぶって読者の興味を惹きつけることが肝心なのだ。浦沢直樹の漫画みたいなものである。
(敵をつくる表現だなあ)
 はしはまたも心のなかでそう呟いた、と。
 そして彼女はひとつ大きくあくびをすると、ふたたび歩き出した。
 一見して、地味な少女である。顔立ちは、端正といえばいえなくもないのだが、しかしそれは、ひとの目を惹かないたぐいの端正さであった。じっと見てみて初めて「あれ、案外、きれいな顔をしているのかも」と首を傾げるたぐいの端正さ。決して歩くひとの脚を止めないたぐいの端正さである。髪型はいまどきめずらしい黒髪の三つ編み!で、これで、聖玻璃(と書いて「メガネ」と読む)でもかけていれば、ふたむかし前の文学少女という印象になっただろうが、彼女には、そういう消極的な個性すらなかった。ようするに、いちど憶えても、一日逢わなければあっさり忘れ去ってしまうような、目立たない顔立ちだったのである。そのうえ、着衣が学校指定の古風な制服と来ているのだから、これが漫画なら背景に埋没してしまいそうな地味さであった。小説で良かったね。
「まあね」
 晩夏のあたたかな学園を、彼女は急ぐでもなく歩いてゆく。そう、学園。これはもう、たまたまうっかりそういってしまったというわけではなく、綿密な計算に基づき、読者に情報を提供しているのである。いま、この地味なうえにも地味な主人公、はしが歩んでいる場所は、ある学園の一部なのであった。といっても、住宅やら、マンションやら、ビジネスビルやら、様々に雑多な建物が立ち並ぶこの風景を見て、学園、という言葉を連想するひとはいないだろう。そう、ここはただの学園ではない。
 世界にただひとつの積層複合自由学園都市〈はてな☆してぃ〉。
 その広大なキャンパスを、いま、彼女はただぶらぶらと歩んでいるのだった。
 〈はてな☆してぃ〉――それは世界最大、2位以下をぶっちぎって巨大な名門学園である。生徒、教師、関係者全部含めて人口20万人というほとんど冗談としか思えないその規模は、もはやひとつの大都市としかいいようがない。しかも、その形状は現代建築の粋を尽くして積層型をなし、ほとんど山のような威容を誇っている。その「山容」は日本近郊のある島に存在するが、あまり日本政府の干渉を受け付けていないともいうし、そもそもその島じたいほとんど人工的に形作られたものだとか。とにかく、巨大、雄大、壮大、「学校」という概念の常識を突き崩した学園がこの〈はてな☆してぃ〉なのであった。その管理及び運営はもちろん株式会社はて――いや、ここは、すべて謎に包まれているということにしておこう。ま、麻帆良学園だとかCLAMP学園だとか蓬莱学園あたりを想像してもらえればあたらずといえども遠からず、である。ようするに世界中から天才奇才を集めてその才能を開花させ、何となく停滞している人類社会を活性化させよう、と、そういう目論見の都市なのであった。で、その結果、この学園が生み出されてから、人類文明の進歩速度は目に見えて上がったとかいう話もあったりなかったり。くわしくは今後の展開をお読みください。いや、これは、いいかげん設定説明が長くなったと判断しただけで、決してまだ詳細に設定を考えていないとか、そういう事情ではない。ほんとだよ?
「いいかげんな小説だな……」
 おまけだしね。
 さて、はしの歩みは、あるひとつの建物のまえに来ると止まった。クラシックな煉瓦づくりの建築物。この〈はてな☆してぃ〉にはその区画によりさまざまなデザインの建物が存在しているが、ここ〈大英帝国区画〉では、比較的、古風な建築物が散見される。かつて世界を睥睨し、いまなお女王ヴィクトリア2世のもと繁栄を続ける帝国の威厳の見せどころということか。その入口には英語でこう記されてあった。
 「大英帝国図書館はてな分室」。
 はしはその扉を見てかるく目を細めると、躊躇することなくなかへ入っていった。とたんにひんやりとした空気に包まれる。古風なのは見かけだけのことで、その内部は近代的なのであった。
 と、ひとりの若い女性が、はしを見つけて駆け寄ってきた。
「あら、はしちゃん。どうしたの? 学校は?」
「室長に呼び出された。室長は?」
「もちろん、2階よ。室長がはしちゃんを呼び出すってことはまた何かあったのね……」
 はしはひとつ肩をすくめてみせただけで何も答えず、その女性の横をすり抜けて2階へ登っていった。「室長室」と書かれた部屋のまえでふたたび止まり、ノックする。
「入れ」
 その返事を受けて入室すると、ひとりの中年の男が椅子をくるりと回してはしに向き直った。片手に湯気が立ちのぼる白磁ティーカップを持っている
「来たか、はし」
「はい、室長」
 はしが返事をすると、その男――大英帝国図書館はてな分室室長バーナード・バーンズ(略してBB――って、懐かしいな)はひとつうなずき、ティーカップをデスクに置いた。
「きみに来てもらったのはほかでもない。大変な事件が起こったのだ。この事件が表沙汰になったらわが〈大英帝国図書館秘密室〉は破滅だ。そして、この事件を秘密裏に解決することができるのはきみだけだと判断されたのだ。〈銀河書聖〉よ」
「何が起こったんです?」
 室長の顔がひきつった。どうやら、本当に大事件らしいな、とはしは思う。めったなことでは感情を表に出すような人物ではないのだ、このバーンズ室長は。
「単刀直入にいおう――わが〈秘密室〉の保管庫から秘宝〈アセティック・シルバー〉が盗み出された。前代未聞の不祥事だ。〈銀河書聖〉はしよ、きみにはこの奪われた秘宝を取り戻してもらいたいのだ」

                   ◆

 静寂。
 はしは何も答えなかった。はっきりいって彼女は呆れていた。呆れ返っていた。〈アセティック・シルバー〉が盗まれた? そんなことを突然いわれても困る。そもそも、それ、全部あんたらのせいだし。なんでわたしに解決を頼むわけ? はっきりいってぇ、無責任っていうかぁ、超むかつくぅ。
「そんなこと思っていない」
 ひと言で地の文を否定して、はしはひとつ首を振った。
「なぜわたしが解決できると? わたしはただの〈書生〉です。多少の〈タレント〉はありますが、007みたいな真似は無理ですよ」
「謙遜するな、〈銀河書聖〉」
 バーンズはにやりと笑った。
「わが〈大英帝国図書館秘密室〉は多数の〈書生〉を抱えているが、そのなかでもきみの能力はナンバー1だ。おそらく全世界でもきみほどの能力を持つ〈書生〉はいないだろう。この世界を形づくる「地の文」を正確に読むばかりか、それと親しげに会話を繰りひろげるという脅威の能力――ほとんど神に与えられた天才としかいいようがない。きみなら、必ずこの事件を解決に導いてくれるだろう。わたしはそう信じている」
「お言葉ですが、わたしの能力ではただ「地の文」を読むことができるだけです。たしかにひとより多少は情報が手に入りやすくはありますが、盗まれた宝物を取り返すなんてことは――」
「きみにならできる」
 バーンズは重々しく、しかし無責任に断言した。
「なぜなら〈アセティック・シルバー〉はそれを使う能力をもつ人間と引き合うからだ。世界広しといえど、〈アセティック・シルバー〉を使いこなす力をもつ〈書生〉など何人もいない。この〈はてな☆してぃ〉にはまずきみひとりだろう。だから、この任務にはきみが最もふさわしいのだ」
「はあ」
 はしは不満げに応じた。〈秘密室〉のミスの尻ぬぐいなど、まるで気乗りしない。ていうかぁ、わたしだってぇ、やりたいこととかぁ、いっぱいあるしぃ。
「黙れ」
 地の文が黙ったらどうやって話が進行するんだよ! 世界が消滅するに等しいぞ! お前、責任とれるんだろうな!
「お前が黙っているあいだに話を進めてやる」
 おそろしいことをいうな。それ、ほとんど小説の体裁をなしていないぞ。ためしにしばらく沈黙してみるか……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
「ふう、色々なことがあったが、なんとか〈アセティック・シルバー〉は取り返せたな」
 取り返しちゃった! 物語終わらせちゃったよ! たった5行黙っていたあいだにどんな展開があったんだ!
「冗談だ。何も起こっていない。バーンズ室長がお茶を飲みあげただけだ」
 プロットを崩壊させかねないような怖い冗談をいうな。
「――全く、信じがたい能力だな」
 バーンズは懐からハンカチを取り出して顔の汗を拭いた。
「そうしていると、ぶつぶつひとり言を呟いているようにしか見えん。まさか、それが地の文とボケ&ツッコミを繰り返しているとは――わかってはいても信じられん。いや、きみを疑っているわけじゃないが――」
「お疑いは当然です」
 むしろ気の毒そうにはしは答えた。
「わたしだって、好きでこんな能力を持っているわけじゃありませんから」
 こっちだって、好きでお前と話しているわけじゃないよ。ほかの小説みたいに整然と進めたいと思っているのだ。登場人物に騙される地の文なんてどこにいる?
北村薫先生の『ターン』とか」
 もとネタばらすなよ! それに『ターン』では地の文とやり取りはするけれど地の文を騙したりしていないし!
「傑作だよね」
 あっちの作中人物はもっと素直だった気がするしな。まあ、いい。「配られたカードで勝負するしかないのさ」とスヌーピーもいっている。
「ビーグル犬のいうことを真に受けるのもどうかと」
 『ピーナッツ』をばかにするなよ! 3億部売れている超ベストセラーだぞ! アメリカの最初の月面着陸船は通称「スヌーピー」と名づけられていたんだからな! 作者のチャールズ・シュルツ先生はフランスの文化大臣から芸術勲章をもらっているし!
「ファンだったのか……」
 Sigh.
「いや、そんなところだけスヌーピーっぽくされても」
 『ピーナッツ』を読んでいるひとにしかわからないネタだしな。まあいい、そこで呆然としているバーンズ室長が気の毒になってきたから、いいかげん話を進めるとしよう。
「そうだな」
 はしはうなずいた。
「室長。話はわかりました。それにしても、どうして〈アセティック・シルバー〉が〈はてな☆してぃ〉にあるとわかるんです? ひょっとしたらいまごろ香港あたりで売りに出されているかもしれませんよ。あるいはアラブでテロリストに渡されているとか」
「犯人が犯行声明を発表したのだ」
「は?」
「いや、その、正確には現場に一枚のカードがのこされていたんだよ。そこには意味不明な文章が書かれてあった。これがその実物だ」
 バーンズはデスクから一枚の写真を取り出すと、はしに見せた。そこには、こう記されてあった。

 マジカル☆シキィに愛を込めて。サークル敷居亭。

「意味がわかるかね?」
「よくわかりませんが、何となくこう、熱意が伝わってくるような気がします。狂信的というか妄信的というか」
「たしかに」
「しかし、それでなぜ犯人が〈はてな☆してぃ〉に〈アセティック・シルバー〉を持ち込んでいるとわかるんですか?」
「調べてみたところ、そのカードは〈はてな☆してぃ〉内の売店でしか売っていないものだとわかったんだ」
「わかりました、室長。犯人は阿呆です」
「というより、不敵なのだろう。絶対に捕まえられない自信があるのだ。さらに調査を進めてみたところ、この〈サークル敷居亭〉が〈はてな☆してぃ〉内部の有名な集団であるとわかった。間違いない。〈アセティック・シルバー〉を盗んだのはかれらのひとりだ」
「そこまでわかっているなら、拉致して拷問にかけるなり何なりすればいいのに」
「ダメだ。リスクが高すぎる。カード以外に確たる証拠もないのにそんなことをしたら、はてな生徒会と対立することになる。おそらく、ペトロニウス生徒会長が外交的圧力をかけて解放を願い出ることだろう。そうなったらこちらは釈放せざるをえない」
 その名前を聞いて、はしの表情がくもった。ペトロニウス会長――これから出て来る名前なので、憶えておいてくださいね。
「そうか、あの会長ならやりかねませんね。そうなると、本当にわたしが動くしかないのか。こういうときだけ頼りにされるのも困るんですけどね」
「すまない。報酬は十分に支払うことを約束する」
 バーンズは重いため息をついた。その顔を見れば、精神科医でなくてもストレスがたまりすぎていることがわかる。はしは本当に気の毒になった。仕方ない、たまには真面目に働くとするか。一応、〈大英帝国図書館秘密室〉には世話になっていることでもあるし。
 〈大英帝国図書館秘密室〉――それは、この世のありとあらゆる知識を収集しつづける知の怪物〈大英帝国図書館〉の、知るひとぞ知る裏の顔である。知識を収集していることに変わりはないのだが、その集めるものの内実は、決して表には出せぬ異形の「知」ばかりなのだ。そして、その影の組織のなかで、その壮絶なる能力から〈銀河書聖〉の異名を取っているのがはしであった。こう見えて、主人公にふさわしい来歴がないわけではないのである。
「了解しました、室長。はし、任務を拝命します」
「やってくれるか!」
「仕方ありません。やらせていただきます」
「そうか――ありがたい。こちらでも最大限に協力する。何しろ、〈アセティック・シルバー〉を使うものが使えば、世界秩序を崩壊させることすらできるのだからな」
「世界の危機ですね」
 あ、お前、序章でその台詞は恥ずかしいっていっていたじゃん!
「何のことかさっぱりわからん。時系列上未来にあたる出来事の文句をいわれてもな」
 とぼけやがって……。憶えていろよ。
「いいかね?」
 バーンズは呆れた顔をしながらふたたび一枚の写真を取り出した。盗撮されたものと思しいその写真には、花のように可憐なひとりの少女が映しだされていた。外見だけ見ればどこまでも無垢で清楚な美少女としか見えない。しかし、バーンズは続けていった。
「〈サークル敷居亭〉主催、敷居。まずはこの少女に逢って話を聞くのだ」

 2

 そういうわけで――
 メインヒロイン登場である。
「シキィです☆」
 やあ、どもども。
「歌います☆ 聴いてください、『ロボットハニー』☆」
「待て、こら」
 あ、はしが殴った。
「いたぁーい☆ 何するんですかぁ☆ ぷんぷん☆」
 敷居は両手を握りこんでかわいく怒ってみせた。もしAKB48に入ったらランキングを混乱させること間違いなしの驚くべき美貌である。ほとんど人類の限界に挑戦しているといっていい。いやあ、ライトノベルじゃないので挿絵でお見せできないことがざんねんです。ですよね、シキィさん?
「ま、いいわ☆ ようやくメインヒロイン登場ですよ☆ この小説、いままでこんな地味な子が主人公で、たぶん読者ほとんど投げ出していますよ☆ でも、もう安心☆ このマジカル☆シキィが現れたからには、作品世界をぱーっと明るくしちゃいますからね☆」
 あ、聞いていないのね……。そっか、地の文を読めるのははしだけという設定だったっけ。ざんねんだなあ、この子が〈銀河書聖〉だったら良かったのに。
「阿呆か。名前すらない地の文の分際で」
 はいはい、どうせ阿呆ですよ(怒)。実家に帰らせていただきます。
「地の文の実家ってどこだよ! わけのわからない発言で場を混乱させるんじゃない。――ていうか、そもそも、敷居、あんた、何を突然登場しているんだ。ここはわたしがあんたに逢いに行く話が入るところだろう」
「シキィって呼んで☆」
 あ、また殴った。
 ひどいなあ。女の子の頭をばしばし殴るなんて。
「ひどいです☆ わたしに何か恨みでもあるんですか☆ あ、そうか、妬みですね☆ わたしが可愛いから嫉妬しちゃっているんだ☆ 大丈夫☆ あなただってまだ間に合います☆ ちゃんとお洒落してお化粧すればもっと可愛く――」
 三発目だ。
 ぽんぽん行くなあ。
「ぜいぜい。どうも、あんたみたいなタイプは生理的に虫が好かん。おい、お前、さっさと状況を説明しろ!」
 そういうわけで――
 メインヒロイン登場前の状況の説明である。
 あのあと、はしは、シキィ――じゃない、敷居の写真を持って、彼女を探しに出かけた。この広大な〈はてな☆してぃ〉で人ひとりを探すということは、それほど簡単なことではない。住所氏名がわかっていても、である。しかし、この場合はすぐに見つかった。何しろたぐいまれな美少女なので、情報を収集しやすいうえに、探しに行った先で、のこのこ向こうから歩いてきたのである。とても大英帝国から秘宝を盗み出した犯罪者とは思えない。はしはさっそく路上で声をかけた。というところから、上記の台詞に続く。
「全く繋がっていないような気がするが――まあ、仕方ない。話を進めよう。やい、あんた、〈大英帝国図書館秘密室〉から〈アセティック・シルバー〉を盗んだだろう。返せ!」
 直球だなあ。
「かまわん! この手の阿呆は嘘がつけないからすぐに白状するに決まっている!」
「阿呆ですってぇ☆」
 そのとき、敷居のひとみが月夜の猫の目のようにキラッ☆と光った。綺麗にとかした髪が静電気でも通したように逆立つ。スーパーサイヤ人まで行かないにしろ、かなり怖い。
「あなた、何なんですか☆ わたしはアセティックなんとかなんてもの知りませんし、興味もありません☆ それなのにひとを捕まえてばしばし叩くなんて☆ おまわりさんに来てもらいますよ☆ わたし、あいふぉんを持っているんだから☆」
 彼女はフレアスカートのポケットからiPhoneを取り出すと、ぴぽぱとボタンを押そうとした。たちまちはしの手がそのiPhoneを叩き落す。
「あーっ、何するんですか何するんですか何するんですか☆ わたしのあいふぉんが壊れちゃうじゃないですか☆ 信じられない☆ いくらわたしが可愛いからってここまでしますか☆ 嫉妬は女を狂わせるってほんとですね☆」
「うるさい! お前が警察を呼んだりするからだろうが!」
 はしはすっかり息が荒くなっていた。まあ、その気もちはわからなくはない。しかし、敷居はそれで納得したようすもなく、ジト目で彼女を見上げた。
「あなたが乱暴するからおまわりさんを呼ばないといけなくなるんです☆」
「それはお前が〈アセティック・シルバー〉を盗んだからだ!」
「だ〜か〜ら〜、その〈アセティック・シルバー〉って何ですか☆ シキィ、そんなの、知らないもん☆」
「何?」
 はしの表情がひきしまった。
「ほんとか?」
 ほんとだよん。
 罪もないのに一方的に殴られた可哀想な敷居は真実をいった。
 ほら、地の文にもちゃんと書ける。
「どういうことだ?」
 お前が罪もない子に一方的に暴力を振るったってことだよ。
「うるさい! 〈アセティック・シルバー〉を盗んだのは敷居じゃないのか?」
 さあね。
 この時点で真相をばらしちゃうわけにもいかないので、しばらく沈黙するよ。そのあいだに事件が解決しようが世界が崩壊しようが知ったことか………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
「シキィ、はしお姉さまのこと、大好きです☆」
 何があった! この5行のあいだに何があったんだ、おい!
「うるさいな、そのままずっと黙っていろ。物語は台詞で進めていくから」
 気になるだろうが! そもそも地の文が状況を把握できないってどんな状態だよ!
「しょうがない奴だなあ。ただ、あめ玉をあげただけだよ。食べ物に弱そうなタイプだったから」
 あめ玉ひとつでこうも懐くのか……。見た目が美少女だけに色々危うそうな子だなあ。
「さっきからはしお姉さま、誰とお話しているんですか☆ ひょっとして妖精さんが見えちゃうひとなんですか☆」
「いや、それは――」
「それとも、もしかして、お姉さまの〈タレント〉なんですか☆」
 はしの表情が一瞬でひきしまった。
 〈タレント〉――それは、この世界で、ごく一部の限られた人間だけが持つ超常の特殊能力である。それはかつては超能力といわれていたものを含み、それを上回る能力すらままある。はしが持つ〈書生〉能力もそのひとつ。この世界を構成する「地の文」を読み、研究、解読するという種類の能力だが、はしの〈タレント〉は天才的にずば抜けているため、リアルタイムですべての地の文を読むばかりか、会話し、あまつさえ漫才をくりひろげることすらできるのだ。この娘、地味に見えて、実はとんでもない異能の持ち主であるわけである。いや、ほんと、はしさんパネェっすよ。
「――なぜ、そう思うんだ?」
「なぜって――この学園には〈タレント〉持ち、たくさんいますから☆」
 はしに睨まれても怯えたようすもなく、敷居はニコッと笑った。いやもう、世界がとろけてしまいそうな可愛さである。数値にして99999999。カウンターストップだ。
「それはともかく――たしかに、この学園には世界のほかのどこよりも〈タレント〉持ちがいるけれどな。そこまであふれているわけじゃないぞ。ふつうならひとり言をぶつぶつ呟いているだけだと思うところなのに、あっというまに〈タレント〉持ちだと見抜くとは、きみはいったい――」
 あ、二人称が「きみ」になっている。懐かれたらあっというまに変わるとは、現金な奴。
「黙ってろ」
 もう二度と黙らん。黙っているあいだに何をされるかわかったものじゃないからな。
「余計な知恵つけやがって」
 自衛のためだ。
「誰とお話ししているんでしょう……☆」
 あめ玉をもらった敷居の態度はだいぶ軟化していた。はしに向けて柔らかく微笑みかけてくる。ただそれだけで世界が明るくなるような、なんともキュートな微笑。さすがのはしがちょっと頬を紅く染めているくらい。
「ほっとけ」
 あ、こいつ、照れていやがる。
「うるさい」
 照〜れ〜て〜い〜ま〜す〜。
「殴るぞ。殴るからな」
 横暴だなあ。わかったから、その拳を下ろせ。地の文を殴りつけようとするな。
「で、敷居、ほんとにあんた、何者なんだ?」
 はしが訊ねると、敷居はクスッ☆と笑った。
「わたしは単なるさすらいのアイドル系美少女☆ あえて名のるほどの者でもありませんが、心あるひとはマジカル☆シキィと呼ぶようです☆」
 四発目。
 敷居が涙目になる。
「痛いです、お姉さま☆ いくら愛の鞭とはいえひどすぎます☆ わたしの綺麗なお顔に傷でもついたらどうするんですか☆ 国家的損失ですよ☆」
「いいんだ。日本には昔から傷ついた茶碗をわびださびだなんだといって愛でる文化がある。きみもちょっとくらい傷が付いていたほうが可愛く見える」
「ほんとですか☆ もっとシキィを殴ってください☆ さあ☆」
 敷居はキラッ☆キラッ☆と光るひとみのまま、はしにその顔を近づけた。それがもう、これで殴れる奴は人間じゃないという愛くるしさ。この絶世の美少女に、こうやって神妙にかまえられると、さすがの〈漆黒の狂戦士〉はしも殴りつける気にはなれなかった。
「だれが〈漆黒の狂戦士〉だ。そんな中二ネームを名乗った憶えはない」
 ところで、最近の『ベルセルク』どう思う? 個人的にはガッツよりもグリフィスが気になるんだが。そもそもガッツが直線的にグリフィスに向かわないプロットって問題があると思わないか? いまの展開って、壮大な回り道みたいなものだと思うんだよね。
「三流同人小説の分際でひと様の名作に文句を付けるな。ていうか、そもそも話の途中で漫画トーク始めるな」
 あ、お前、ひょっとして漫画読みに偏見持っているタイプか? いやだなあ。真剣に思うんだけれど、こと日本じゃ、漫画のレベルは文学を超えているよね。表現にヒエラルキーをもうけるスノッブな態度は良くないよ。そう思わん?
「それはそう思うが、そんなことはいいから、話を進めろ」
 そして、はしはペトロニウスと向かい合い、いったのだった。わたしはあなたにあこがれていました。でも、それも今日までです。今日、わたしは、あなたを超える――!
「進めすぎだ! そこはもうクライマックス! まだペトロニウス会長登場していない!」
 わがままな奴だな……。
「どっちがわがままなんだか。まあ、お前にかまっている暇はない。で、敷居、あんた、ほんとに〈アセティック・シルバー〉を盗んでいないんだな?」
「ほんとです☆」
「じゃ、〈サークル敷居亭〉という集団のことは知らないか?」
「知っています☆ 〈敷居亭〉はシキィを守ってくれる騎士団さんなのです☆」
「騎士団?」
「そうです☆ シキィはたとえるなら21世紀の星くずプリンセス☆ ひとりじゃ生きていけないのです☆ だから、〈シキィ☆ナイツ〉こと〈敷居亭〉の皆さんがわたしを守ってくれるんですよ☆ まあ、ファンクラブみたいなものですね☆」
「ファンクラブ――そう。なるほどね」
 はしの目がキラッ☆と光った。しかし、何分、敷居のような美少女ではないので、いくら目を光らせても地味なことに変わりはないのであった。
「余計な注釈はいい。ここはわたしが何かに気づいたことだけ表現しておけ」
 はしは何かに気づいたのだった。さて、その何かとは?

1.〈アセティック・シルバー〉を盗んだのは敷居ではなく〈敷居亭〉のメンバー。
2.『ジョジョの奇妙な冒険』最高傑作回は「今にも落ちて来そうな空の下で」。
3.どうせこんな小説読んでいる奴はだれもいない。

「「1」だ、「1」。ほかの答えがありえるか!」
 おかしいな、『ジョジョ』を読み込んでいれば自ずと「今にも落ちてきそうな空の下で」が最高傑作という結論に行き着くはずなんだが。同人誌本編でも言及しているし。
「もちろんあの回は素晴らしいけれど、それは今回の話とは関係ないだろ! それからうっとうしいからさりげなく自虐ネタを混ぜるのはやめろ!」
 付き合ってくれよう。どんどん不安になるんだよう。こんなネタ小説おもしろいと思ってくれるの誰もいないんじゃないかって。
「それはそうなんじゃないか?」
 ぐさっ。
 お前な、嘘も方便という言語を知らないのか。真実はひとを傷つけるんだぞ。この世に読まれない小説ほど切ないものはないんだからな。
「話が進まん……」
 そうだな、いいかげん進めようか。
「そうしてくれ」
 ようするに、はしは気づいたのだった。敷居が本当のことをいっているのだとすれば、考えられる可能性はただひとつ――〈サークル敷居亭〉の他のメンバーが勝手に〈アセティック・シルバー〉を盗み出したということしかない。
「その通り――敷居、〈敷居亭〉のメンバーって何人くらいいるんだ?」
「七桁くらいでしょうか☆」
「百万人単位か!」
「公式ブログ〈敷居の先住民〉のカウンタは100億ヒット突破しています☆」
「ギネス級だな!」
「何しろ絶世の美少女ですから☆ 傾国の美少女とはまさにわたしのこと☆ この学園に来るまでに既に三つほど国を亡ぼしています☆」
「☆付きで怖いことをいうな!」
 ……話を進めるんじゃなかったのかよ、おい。
「そうだった。敷居、聞いてくれ。その〈敷居亭〉の面子のなかに〈アセティック・シルバー〉という宝を盗み出した奴がいるはずなんだ。心当たりはないか」
「わたしはわかりませんが、いずみのさんならわかるかもしれません☆」
「いずみの?」
「はい。〈敷居亭〉の一桁会員さんです☆ 冥探偵なんですよ」
「名探偵? それはそれは、ずいぶん古風な話だな」
「字が違います☆ 「冥」探偵☆」
「誤字であることに期待をかけていたが、ほんとに冥と書くのか。その名前を聞いただけで何だかいやな予感がするな……」
「そうですか?」
 はしは小首を傾げた。
 ベリベリキュートなその顔を見つめたはしは、思わずぎゅっと抱きしめてちゅうしたくなった。
「ならん!」
 ここらへんで百合展開をいれておいたほうが読者的に受けるかと思って。
「急に安易な展開にしようとするな! お前は三流ライトノベル編集者か!」
 いや、さ、そもそもこの話、ラブコメとして構想したんだよね。でも、主要登場人物全員女の子という設定になったからラブ入れる余地がなくなったんだよ。でも、逆転の発想! 百合ならいくらでもラブいれられるじゃん。だから、ちゅうしちゃえ!
「するか!」
 百合には受け攻めはないともいわれているけれど、そんなこともないと思うんだ。そもそも百合ってジャンルはだな――
「殴る。今度こそ殴る」
 わかったわかった、落ち着け、話せばわかる。百合の話は今度にしよう。そういうわけで、夏コミ発売予定『BREAK/THROUGH vol.2 ―百合のハートはミルクいろ―』をお待ちください。
「そんな本の発売予定はねえ! こんなところで嘘予告かますな!」
 いや、発売しようと思えばできないことはないんだが、『BREAK/THROUGH』自体、何部売れるかわからない現状だしなあ。ほんとの話、100部売れないと印刷代確保できないんだ。作者は冬コミで在庫の山を抱えて泣いているかも……。
「急にリアルで生々しい話になったな。それはそれでシリアスな問題だが、こっちにはこっちの事情があるんだよ」
 でも、考えてもみ? いずれにしろ、作者が自殺したら続きはなくなるんだぞ。
「それはそうだが、自殺するかもしれないのか?」
 可能性はあると思っている。心が弱々しい癖に大それたことを仕出かすタイプだからな、この話の作者。前にオフ会に80人弱集めたときは大変だった。
「あれは大変だったな」
 色々なひとにに協力してもらえたから良かったものの、そうじゃなかったら大惨事になっていたぞ。まあ、この話の登場人物のモデルになっている敷居さん(実在人物)はその日の大部分、部屋の奥でいずみのさん(実在人物)とカードゲームやっていたんだが……。
「傍若無人だなあ」
 傍らに人無きが若し、だな。
「話が! 話が一向に進まん!」
 もともと話なんてあってなきがごとき小説だと思うがなあ。まあ、進めてしまおう。
 そのとき――往来で平気でべたべたいちゃつくはしと敷居のまえに、ひとつの影があらわれたのだった!
「貴様、その手を離せ! マジカル☆シキィに何をするつもりだ!」
 じゃじゃじゃじゃん!
 それは、夜空よりなお暗いゴシック&ロリータの服装に身を包んだひとりの少女であった。敷居ほどではないが、まず、十分に美少女といっていい端麗な容姿の持ち主で、ふんわりと広がるエプロンドレスがよく似合っている。そのひとみは激しい怒りに爛々と燃えて、はしを睨み据えていたのだった。
「いや、べつに何もしていないが――誰だ、あんた?」
 ゴスロリ少女はニヤリ☆と微笑むと、平たい胸をそらして昂然と名のった。
「問われて名のるも烏滸がましいが、そう、我が名は〈サークル敷居亭〉会員番号7番いずみの。〈冥探偵いずみの〉と、ひとは呼ぶ」