栗本薫ファンからひと言。


 「みどりの一期一会」で、堺市図書館の所蔵するBL小説のリストが一部公開されている。

わたしは、少なくとも、予断と偏見を持たないようにして、
9月にまず5499冊(5706冊)の図書リストを入手し、
10月には図書館をじっさいに視察して、特定された図書を見ています。

受け取った図書リストを見て、びっくり。
最初のページには、わたしも知ってる栗本薫さんのシリーズ。
10枚ほどを見ても、講談社X文庫、角川ルビー文庫集英社コバルト文庫
二見書房、徳間書房、小学館などの大手出版社の本がずらりと並んでいます。

 ある程度予想がついたことではあるけれど、1ページ目の1番上に来る作品は栗本薫の『終わりのないラブソング』である。

 このことがわかったことで、また別の軸からこの問題を考えることが出来ると思う。

 堺市図書館は、ある作家のある経歴のなかから、排除されるべき本と、そうでない本とを、いったい何の基準で区別しているのか、という話だ。

 BL作品ほど有名ではないかもしれないが、栗本薫には、男女の性愛描写を追及した一群の作品が存在する。また、女性同性愛を描いた作品も実はある。

好色屋西鶴 (ジョイ・ノベルス)

好色屋西鶴 (ジョイ・ノベルス)

パロスの剣 (角川文庫)

パロスの剣 (角川文庫)

 これらの作品は堺市図書館にちゃんと所蔵されている。さて、これらが「あり」だとして、『終わラブ』が「なし」であるとすれば、その理由は何だろう?

 長年のファンとしていうのだが、作家栗本薫の作品は全体としてあるひとつのテーマを追求している。それは人間と人間との魂の闘争であり、相克であり、和解だ。

 『終わラブ』はそのテーマを極限まで追求した名作である。BLの歴史上でも重要な小説だろうが、同時に栗本薫という作家のキャリアのなかでも大きな意味をもつ作品なのである。それをほかの作品と区別して排除する根拠は何なのか?

 BLだから駄目なのだ、という理屈も、実は今回は通らない。栗本薫には『嘘は罪』、『朝日のあたる家』など、ハードカバーのBL作品も存在するからである。

 おそらくはそれらの本は今回のリストには載っていないだろう。ということは、同じBLでも文庫のものは「なし」とされ、ハードカバーのものは「あり」とされているわけだ。その根拠は何だろう(もし載っていたら謝るが、その場合はその場合でさらに根深い問題ということになる)。

 文庫には過激な挿絵があるからよろしくない、という意見もあるだろう。しかし、いま、『終わラブ』の第1巻を確認してみたが、ひと目でセックスの場面だとわかる挿絵は1枚もなかった。

 すくなくとも子どもが見て衝撃を受ける、という心配は全くないと断言できる。柵越しにキスする場面はあるが、まさかこれが「有害」だというわけではあるまい。

 『終わラブ』の表紙&挿絵は天下の吉田秋生である。その「芸術的価値」を評価しても良いくらいだと思う。

 結局、堺市図書館は文庫のBLなら簡単に排除してもかまわない、と考えているとしか思われない。それはやっぱり不当な差別であると思うわけですよ。

 栗本薫ファンからひと言。