ロックンロールで生きていこう!


■幕開け■

 そう、結局、だれが悪かったのだろう。

 ある意味ではその事件にかかわったものは皆、それぞれに罪を抱えているともいえるし、またある意味では、だれも悪くはなかったともいえる。少なくとも、そんな目に合わなければならない程には。

 とにかく、その日、事件は起こり、すべては、一瞬にして取り返しのつかないかたちで変わり果てたのだった。

「お前も一緒だよ。他のヤツとな。学につけこんで、結局裏切るだけのやつだ。クズだ。覚えてろ、俺はお前をゆるさねえからな」

■そのとき、何が起こったのか?■

 その運命の日、木村学は、上級生から理不尽ないじめを受けていた。かれの何がそういう人種を惹きつけるのか、昔からよくあることだった。

 しかし、その時は、それだけでは終わらなかった。被虐のさなか、一瞬、意識が途切れたかと思うと、その上級生は首筋から血を噴き出して息絶えていたのである。

 その傍らには、着衣を乱し横たわった幼馴染みの理沙。

 いったい何が起こったのか? 都合が悪いことがあると記憶を失う「癖」がある学は、何も思い出すことが出来なかった。

 学は、重要参考人として警察に連行されたものの、交通事故に乗じて逃亡する。ふたたび捕まる前に、もう一度だけ理沙に会いたい。

 かれはひとり、理沙のもとを目指す。その行く手に非情な真実が待ち受けているとも知らずに。

「シンギーングインザレイン!」
 と歌いながら、志村の顔を蹴る。
「知ってるか? これ、そういう映画があんだぜ」
 志村は、動かないで悶絶している。まだ三発だぜ、よほど暴力に対する耐性がないらしい。

■「サイコ陵辱ノベル」■

 と、こう書くと、いかにも事件の真相解明を中核にした推理もののようだが、その実、その点にはさほど重きが置かれていない。

 そのとき何が起こったのか、勘の良いひとならすぐに察しがつくだろう、物語が強烈なサスペンスを帯びて来るのは、すべてが明らかになり、すべてが終わりを告げたその後のことである。

 いやいやいやいや、こいつは凄まじい。そう、物語が始まった頃は、そこまで大した作品にも見えないのだ。

 死に瀕するほどのいじめを受けても抵抗も出来ず、人目を避け、体育用具室で昼食を食べたりする学。品行方正成績優秀の優等生なのに、なぜか献身的に学に尽くす理沙。

 はいはい、エロゲエロゲ。ご都合主義ご都合主義。そういうふうに、見える。

 じっさい、序盤の展開のごく平凡な作品の枠を出ない。ま、大人の事情ってやつでしょうか。これからプレイされる方は、ここらへんのエロシーンは適当に飛ばしてもらってもかまいません。ぬるいから。

 そしてやがて謎は解け、真実は明らかになり、事件はフィナーレを迎える。花火は上がり、夏祭りは終わる。感動の閉幕。ああ、終わった終わった。

「あなたたちと、私は違うよ」
「そうか?」
「学君も武君も、なんとか変えようと一生懸命頑張っている。私は、何もしないでただ閉じこもってるだけ。だから汚いの」
「閉じこもってる、か」
「うん、ハヤリの引きこもり?」

■すべては語られなおす■

 ところが、本当の物語は、ここから始まる。第1話では学視点で綴られたその物語が、続く第2話と第3話では学の旧友・武と理沙の視点で語られなおす。

 そこで見えてくる光景は、学の見たものと全く同じでありながら、全く異なっている。

 武とは何者だったのか? なぜ理沙はあれほど学にこだわったのか?学の目には見えなかったものが、じわじわと見えて来る、そのスリル。そのサスペンス。

 くり返す。事実そのものは何も変わらない。片言節句の台詞に至るまで同じ。しかし、その見え方が違っている。

 あの時、理沙がどれほど切迫した心理で学をかくまっていたのか、そして、彼女が、学を愛してやまないその理由が、今度こそ誰の目にもはっきりとわかる。

 一見安っぽいご都合主義に見えた物語の裏側を流れる、底知れない暗黒。ひとによっては、第2話以降の展開にはげしい嫌悪を感じることだろう。

「お母さんのこと好き?」
「何か変なことばっかり訊くね」
「ごめん」
「別に良いよ」
「それで、こたえは」
「きまってるじゃん」
「どっちに」
「好きだよ」

■暗黒のフルコース■

 いじめ、暴力、暴言、犯罪、殺人、強姦、虐待、はてしなく続く暗黒のフルコース。

 ひとを傷つけ、痛めつけ、「壊し」、そして壊された側に復讐され――「モンテ・クリスト」と題された第2話は、この物語の本質を端的に表している。

 そう、この物語は、自分自身のなかに閉じ込められた岩窟王の復讐譚でもある。かれはその瞋恚のままにひとを壊しつづける。かれ自身を痛めつけたこの世界を燃やしつくそうとするかのように。

 そしてひとり、ルールの外へ脱出を図る。殺すか殺されるか、犯すか犯されるか、壊すか壊されるか、それがすべてのシンプルな世界へ。

 より強い力に殺されるそのときまで、さあ、殺し続けよう。人間の尊厳を陵辱し、精神を血の色に染めなおそう。いつか遠い日、かれ自身がそうされたように。

 それこそがこの世の真実。虚飾を剥ぎ取ったあとにのこる、本当の姿。もっと前にそうすれば良かったのだ。学ならもっと簡単にそう出来たはずだ。

 さあさあ、行こう、力だけがすべてを支配する素敵な世界へ。足首まで血に浸かってそこで生きることが、かれにはもっともふさわしい。

 しかし、そうやって秩序の外へ歩みだそうとするかれの足に、すがり付く者がいる。理沙。

「うーん、幸福って何?」
「またすごい質問だなあ」
「なんだと思うの?」
「そうだなあ、わからないけど、なんとなく、今思ってるものだけどいい?」
「うん、なに?」
「ガラクタ」
「えー、幸福はガラクタなの?」
「気に入らなかったら、違うのもある」
「なに」
「ほら、マンガとかでさあ、馬の頭に釣り竿つけて、先っぽにニンジンつるすでしょ。馬はそれを追いかけてずっと走るって」
「うん」
「あのニンジン」

■クライマックスへ■

 理沙が抱えていたものを知ったとき、復讐者の決意は壊れはじめる。間違えた。どこかで間違えた。いったいどこで? なぜ? そしてかれの精神は崩壊し、物語は第3話へ続く。

 この第3話で物語は本当のクライマックスを迎える。

 学園の人気者、品行方正な優等生、その仮面の下にかくされた、素顔。その全貌が理沙自身の言葉で語られなおされるとき、学はまったく別の人物として浮かび上がる。

 そのとき見えて来る少年は、かれ自身の目から見たかれとは全くの別人だ。読者は既に学を知っている。しかし、同時に、まだかれの何も知らない。

 ひとは自分自身が思っているその姿がすべてではない、しかし、これほどに自分の認識と他者の認識は乖離しているものなのだろうか。そう頭を抱えたくなるほど、その見え方はかけ離れている。

 ここで初めて、学はかけがえなくも強烈な個性のもち主に見えて来る。ある意味では、学が見た学よりも、理沙が見た学のほうが、はるかに学の本質を捉えているようにすら思える。

 そしてみたび、物語は終わる。今度こそ、行こう。この社会の理の外へ。しかし、ひとりではなく、ふたりで。

 手を繋ごう。そのぬくもりこそがかれを、彼女を、この世界に留める救命ロープ。その手のひらがあれば、どこでだって生きて行くことが出来る。

 しかし、この世界に痛めつけられたふたり、神にひとしいひとから裏切られたふたり。そのふたりがいっしょに居ることは正しいのだろうか?

 たぶん、正しくはないのかもしれない。行く手に待ち受けるものは、絶望でしかないのかもしれない。それでも、かれらは、歩き出した。自分の足で。行けるところまで、行くしかない。

「誰も悪い人なんかいないよ」
 振り向かないで、そう言いました。われながら、とても冷たい声だと思いました。きっと顔もそうなっているに違いありません。
「それに、私を助けてくれるのは、やっぱりあの人しかいない」

■総評■

 そういうわけで、さすがに『SWAN SONG』には及ばないけれど、傑作である。

 ダークなのにポップ。シリアスなのにコミカル。疾走感と停滞感、幸福感と絶望感が、紙一重を隔てて共存している不思議な世界。いやあ、これこそエロゲですよね。ぼくはエロゲにこういうものを求めている。

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 どうぞ、この暗黒のロックオペラをお楽しみ下さい。

「じゃあ、ロックンロールで良いんじゃない?」
「よくわかんないけど、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、それで、ロックンロールで生きていこうよ!」